「オフシーズン」ジャック・ケッチャム

オフシーズン (扶桑社ミステリー)
 ケッチャム作品は「隣の家の少女ISBN:459402534X といい、本書といい、まるで文芸書の様な外観が特徴的。白を基調としたシンプルな装丁が美しい。しかし、その内容はと言えば…。
 メイン州の片田舎にある避暑地。秋になり、観光客も来なくなった頃、都会から6人の男女がやってくる。別れた元夫婦。姉にコンプレックスを持つ妹。新しい恋人たち。それぞれが密やかな想いを抱えつつも、皆、休暇を楽しもうと心に決めていた。しかし彼らは知らなかった。その避暑地には、既に食人族が住み着いていたことを!
 と、いう訳で鬼畜スプラッタ小説のチャンピオン、ジャック・ケッチャムのデビュー作を読んでみた。ストーリー的には、ソーニー・ビーン一族の伝説*1+「ナイト・オブ・ザ・リビング・デッド」という感じか。美しい筆致で描かれる自然描写と、明け透けなセックス&バイオレンス描写のコントラストが印象的。あまりに胸糞の悪い描写の連続に、もう先を読みたく無くなるのに、それでもページを繰ってしまうのは、圧倒的なストーリーテリング故なんだろうな…「隣の家の少女」もそうだったけど、もう勘弁してくれぇ!と思ってるのに、それでも最後まで読まされてしまうパワーがあるのだ。
 そして、例によって後味の悪いラストシーン。どんな人間でも文明の皮を剥いでしまえば、そこに残るのは腐肉を喰らい、他人を犠牲に快楽を貪るケダモノなのだ。善行は報われず、果てしない悪意は人々の精神と肉体を蝕んでいく。苦痛と不条理こそがこの世の真実だ。…これがケッチャムの世界観なのだろうし、それはおそらく、正しい。
 …しかし、一方で、作者はニックやマージーの変貌をも描くことを忘れない。ひ弱な都会人として登場した彼らは、最終的にはおぞましい現実と戦い抜くことを決意し、自ら死地に赴いていくようになる。「隣の家の少女」のメグも、最後まで矜持を保ち続け、過酷な現実に果敢に抗い続けた。もちろん、彼らが報われるとは限らない。先に書いたように、この世は不条理なのだから。しかし、だからこそ、彼らの精神の気高さを描くケッチャムの姿勢に、この果てしなく背徳的にも見える物語を貫く、ある種の倫理*2を感じるのだ。
 最後に警告。序文と作者解説に、思いっきりネタバレがあるので、飛ばして読むこと。「隣の家の少女」の時はキングの解説にネタバレがあったので、解説には注意していたが、まさか序文にまでバレがあるとはねぇ…。あと、とにかく残酷描写が凄まじいので、スプラッタに免疫の無い人は、この小説を絶対に読んではいけない。免疫があると思ってた自分でも、終盤、ある女性が虐殺されるシーンには眩暈がした程だから。

*1:スコットランドの山賊、ソーニー・ビーンは家族と共に洞窟に住み着いていた。度重なる近親相姦によって50人近い大家族となった彼らは、旅人を襲い、その肉を常食としていたとされる。

*2:例えば、恐怖のあまり現実逃避したある登場人物は、作品中もっとも惨たらしい死を迎えるハメになる。逆に最後まで生き残るのは、抵抗するのを諦めなかった者である。