『ペンギン、日本人と出会う』川端裕人

 『夏のロケット』の作家、川端裕人によるノンフィクション。明治時代のファースト・コンタクトから始まって、何故日本人はペンギンが好きなのか?という切り口から、日本のペンギン受容史を描いている。
 西洋においてペンギンは、概して「ユーモラス」「威厳がある」「人間のカリカチュア」「自然の象徴」というイメージで見られているという。アメコミのバットマンに出てくるヴィラン「ペンギン」のキャラクターも、そういうイメージに沿ったものだろう。しぐさがおぼつかなく、どことなく人間っぽいのに、南極という過酷な自然で生き抜くことが出来る野生動物。
 一方日本人は、ペンギンをとにかく「可愛いもの」として見ているが、これはこの動物に対するイメージとしては、どちらかというと珍しいものだという。以下は、ニュージーランドのペンギン名所で観光船を運用している女性の証言。

「日本人のお客さんは、ペンギンに触れるかどうかを聞いてくる、これは他の国の人たちからは聞いたことが無い質問なの。他のアジア人たちは、あっさりしていて遠まきに手を振るだけで満足するし、西洋系の人たちは希少な生き物を見たという体験を大切にするという印象がある」
(p21)

 この日本人のペンギンへのイメージを作り出す皮切りとなったのが、戦後、国を挙げての捕鯨振興によって、南極から「よいこたちへのお土産」として持ち帰られたペンギンたちであった。ここから、動物園の飼育員たちによる悪戦苦闘が始まる。高温多湿な日本では、無菌状態の南極から連れてこられたペンギンたちは、たちまちアスペルギルス症で倒れていったのだ(水虫の薬を投与して、なんとか治療したという)。やがて「上野方式」と呼ばれる飼育方式を確立するが、それですらペンギンに数年の命の猶予を与えるだけに過ぎないものだった。しかし、ともかくも飼育できるようになった事で、1960年代には「ペンギン黄金時代」と呼ばれる飼育ブームを生む事になった。これが、生きたペンギンの姿を多くの日本人の目に触れさせることとなるのである。この「ペンギン黄金時代」をきっかけに、ペンギンに「可愛い動物」というイメージが付随するようになったという。
 日本は、現在でも多数のペンギンを飼育し、世界でも有数の「ペンギン大国」だという。恐らく、日本人ほどペンギンのことを愛している国民もいないのではあるまいか。著者は、だからこそ世界から日本に対して、ペンギン保護への熱い期待が向けられているという。少なくとも現在、ペンギンの数を減らしている原因の一つである過剰漁獲問題に関しては、日本は紛れも無く加害者であるのだ。
 その他、日本人として初めてペンギンを目にした、明治の白瀬探検隊の一員が、アデリーペンギンに尺八を吹いてやったという話も面白い。後、本筋からは外れるが、「国策としての商業捕鯨」に関する話をもっと読んでみたいと思った。

ペンギン、日本人と出会う

ペンギン、日本人と出会う

はてな年間100冊読書クラブ 58冊目)

『心はプログラムできるか』有田隆也

 ソフトバンクから去年暮れに創刊された「サイエンス・アイ新書」の一冊。この新書は初めて読むが、厚手の紙に多色刷りの図版を多く使用していて、一見軽めに見えるものの、実際に読んでみると、結構内容はしっかりしている。ただ文字数の少なさから、ブルーバックスよりも「薄い」という印象を受けるのは致し方ないところか。
 本書のタイトルからは人工知能A.I.)を扱った本に見えなくも無いが、実際の主眼は人工生命(A.L.)の方にあり、また、それを利用した進化行動学のシミュレーションを紹介している。
 蟻のフェロモンによるコミュニケーションを模倣することで巡回セールスマン問題を解けるのではないか、とする第1章から始まり、遺伝的アルゴリズムによるマンガのキャラクター生成、仮想マシン上で走らせたデジタル生命(極めて簡単なプログラムなのに、ちゃんと進化し「寄生生物」まで現れたりする!)、セルオートマトン、「囚人のジレンマ」による利他的な行動の進化など、バラエティに富んだ話題で、人工生命の可能性を分かりやすく解説してくれるのが嬉しい。
 特に興味深く読めたのが、第7章「暗闇で不安そうに動くロボット」で、ここでは感情がいかなる理由で進化したのかを説明している。様々な状況に瞬時に適応するため、行動を特定のパターンに従って調整する「モジュレータ」としての役割を感情は担っている、という仮説がある。これを、ロボットの行動のパラメータの単純な上げ下げ(例えば方向転換を頻繁にするかしないか、ゆっくり走るか速く走るか、など)で再現してみせると、人間の目には実際に「暗闇で不安そう」にしていたり、「エネルギーの多い場所で満足そう」にしているように見えるのである。「感情」という一見かなり高度な心の機能に見えるものが、実はかなり単純な生理現象として説明できることが、実感として納得させられる。
 心は進化に伴って出現したものであり、個々の心を作り出す脳もまた、遺伝的アルゴリズムによってシナプスが配線されて出来ていくものなのだから、これらが人工生命の進化によって再現できるというのは、当然といえば当然のことかも知れない。これからの発展を、興味深く見守っていきたい分野だ。

はてな年間100冊読書クラブ 91冊目)

ジェニーはティーン☆ロボット#39:CSニコロデオン

zeroset2007-10-01

宇宙暴走族の星の巻

 宇宙暴走族に不意打ちをくらい、バイクに改造されてしまったジェニー(電人ザボーガー?)。身体を元に戻させるために、タックと一緒に彼女たちの母星へ向かうが……。
 今回は#38に続いてスペースバイカーズのお話。その正体は、なんと学校の先生たちだった!……という訳で、タミーのしとやかで可愛らしげな女教師ぶりがイイですね〜。ジェニーとバイクで追いかけっこ(バキュームカーに突っ込んだり……)のシーンとかも、むやみに楽しい。

女王蜂リターンズの巻

 またまた地球に現れたヴェクサスは、ブリットとティフの協力を得て、少女の姿の「ヴィッキー」としてトレモートン高校に潜り込む。たちまち学校の人気者となったヴィッキーだったが、その真の目的はジェニーに復讐する事だった!……という話。
 ヴェクサス元女王、#35でゴミの惑星もろとも滅んでしまった訳では無かったようで。今回は#23のキューティー2の様に少女形態にトランスフォーム、ブリット&ティフと学園を掌握しまくりというストーリーが楽しすぎる。ここらあたり、ファッションもくるくる変わって面白いので、ちょっとキャプチャしてみた。

 ヴィッキー、初お目見えで生徒たちの心を鷲掴み。この恰好が一番可愛いと思う。

 ちなみにこちらがもとのお姿。これはこれで……。

 ブラッドも、すっかり彼女に夢中。

 女王様の靴にキス。

 バスケでも人気者。良く見ると体操服で、ツインテールにしてますね。

 蜘蛛の巣スカートでゴス風に。男たちもヴィッキーに泥が掛からないよう、水溜りに身を投げ出してる。この後、きっちり顔を踏みつけて歩いているのが素晴らし……いや、ヒドい。

 とうとう講堂で、女王様として皆を支配すると宣言。生徒たちは大喜び。

 用済みになったブリットとティフはスクール・カーストの最下層へ落とされる。眼鏡姿が意外と可愛いね。

 お得意のクレオパトラ風の恰好で、得意の絶頂のシーン。
 まあ、この後、ジェニーに本当の歳をばらされて一気に失墜、とホロ苦い結末を迎えるわけですが。
 それにしても、やっぱり「ジェニー」は学校が舞台の話の方が楽しいですなあ。ヴェクサスも、追放されたのに結構生き生きしてて結構結構。「ジェニー」がもっと続いていれば、彼女が地球でどんどん落ちぶれていく姿でも、見てみたかったもんです。

『セメント・ガーデン』イアン・マキューアン

 ぼくと姉は、母親の死体をセメントに埋めた。離れ離れにならないために。両親の死をきっかけに、思春期の少年が見出した楽園とその崩壊。死体遺棄、近親相姦をテーマに放つ、現代英国文壇の旗手の長篇第1作。

 『アムステルダム』『愛の続き』『夢みるピーターの七つの冒険』イアン・マキューアンの初期長編。
 両親の死によって実現した子どもだけの王国が、姉のボーイフレンドの登場によって、じわじわと崩壊していく。子供たちの退行とモラルの消滅を、どこか夢の中のような調子で描くところは、まどろみの『蝿の王』と言おうか。午睡の気だるい雰囲気……自堕落に心地良くて、でもどこか鬱屈した衝動も潜んでいて、それが最後にカタストロフ的に解消されるシーンがとても印象的。
 繊細さと明快さをあわせ持つ文体は、いかにもこの作者らしい。ただ個人的にマキューアンは小山太一の訳文で親しんでいたので、訳者が違うこの本はちょっと違和感があった。もっとも、訳されたのはこちらの方がずっと前なので、ちょっと身勝手な感想ではあるのだけれど。

セメント・ガーデン (Hayakawa novels)

セメント・ガーデン (Hayakawa novels)

はてな年間100冊読書クラブ 55冊目)

ジェニーはティーン☆ロボット#36:CSニコロデオン

zeroset2007-09-27

その名は00シェルドンの巻

 黒づくめの男たちにスカウトされ、秘密エージェントとなったシェルドン。しかし彼の任務はジェニーを監視することだった。
 タイトルは007だけれども、恰好はどちらかと言えばメン・イン・ブラック。どうも地球は一度クラスターに制圧された事があるようだが、このへんの話も長編エピソードで語られてたのだろうか。ともかく秘密警察に強制収容所と、外敵への恐怖から恐怖国家に片足突っ込んでいる、という世界観が現実的で怖い。このあたり、見かけと違って割とシビアなバックボーンを持つ、このシリーズらしいところかも。
 それにしてもシェルドン、何の躊躇も無くジェニーを監視するなよなあ……。

無敵のタック様の巻

 交通事故に遭いかけたことから、世の中全てが怖くなったタック。ジェニーはフューチャースコープで未来を見せ、老人になるまでタックが生きていることを教えるが、それを知ったタックは大はしゃぎ。少なくとも老人になるまで自分は死なない、と次々と危険な事をしでかすという話。
 なんとなく7話b「呼ばれてばっかり」と似た話。でもフューチャースコープを再登場させたアイデアとか、オチは結構面白いと思う。

『ひらがな日本美術史3』橋本治

 第3巻は室町から江戸初期へ、すなわち近世のとば口を扱っている巻。今回もいくつか、気になった言葉をメモ。
45.身分の低かったもの「辻が花小袖」
 平安時代、身分の高い女性たちは、「小袖」という服の上に「大袖」というものを羽織っていた。袖の小さい「小袖」は下着のようなものだったのだが、やがて機能性を買われて上着となる。今でいえば、まさしくTシャツのような感覚だが、これが庶民だけでなく上流階級の間でも流行ったのが、室町という時代だった。やがて江戸時代になると「振袖」の登場によって廃れる、要するに過渡期の産物だったわけだが、それも含めて、時代を象徴する着物であったと言えるのだろう。

 辻が花小袖は、天下人のいる世界に入った。その名は消えて、しかし辻が花の"本質"は消えなかった。辻が花の"本質"とは、大胆で、明快で、貧乏でもあるよううな"美"−すなわち、「大衆性(ポップ)」なのである。(p60)

47.カッコいいもの「秦西王侯騎馬図屏風」
 どこからどうみても西洋の技法で描かれた、西洋の騎士の絵画。これを屏風に描かせて、日本間に堂々と飾っていた、安土桃山時代の殿様たちの格好良さ!

 日本人は、平気で「外国」というミスマッチを調和させてしまう。その外国が、あるところに限定されてしまったとき、日本文化のせせっこましさが生まれる。近代日本の「欧米=先進国」と考えてしまう欧米第一主義は、それ以前の、中国を「日本文化の宗主国」と考える中国第一主義の変形だろう。しかし、ヨーロッパからの「進んだ文化」を輸入していた安土桃山時代の人間にとって、別に中国はそうそう特別な国ではなかった。「進んだ文化」のヨーロッパ人だって、「南蛮」だった。こういう日本人にとって、「外国」というものは、全て等分に「自分たちが必要とするミスマッチを演出してくれるようなもの」でしかなかったのである。慣れていないと言えば、我々はこの偉大なる感覚に慣れていない。
(p80〜81)

53.白いもの「姫路城」
 自分の地元には桃山様式の城が、そのまま現存している。天守閣が黒く塗られ、こじんまりと無骨な城を見ていると、『乱』で井川比佐志が演じた"くろがね"みたいに鎧兜で身を固めた侍が、今にもひょっこり顔を出しそうな感じがして昔から好きだった。
 このように黒い城というと、いかにも無骨という印象があるが、実際には蒔絵などを見て分かるように、古来日本で美しい色というと黒なのであって、あれは装飾として黒く塗られたものなのである。むしろ白い城の方が、耐火のため漆喰で固めた機能性本位の建物であったということらしい。

 「白いものは美しい」という考え方は確かにある。しかし「白いから美しい」じゃない。姫路城の見せる"構成の美"が何によるものかを考えればいい。「全部白にする。美しさは一切排除だ」という前提で、この城は造られた。だとしたら、これを造る職人はどう考えるか?彼等は当然、「ようがす、白く塗られても十分にきれいなように、最高に美しい形を作りましょう」と考える。姫路城の"深さ"は、そういう質の美しさによるものだと思う。
(p161)

ひらがな日本美術史 3

ひらがな日本美術史 3

はてな年間100冊読書クラブ 89冊目)

ジェニーはティーン☆ロボット#35:CSニコロデオン

zeroset2007-09-25

謎の伝染病!?の巻

 地球に向かってきた隕石を叩き割り、いつものように地球を守ったジェニー。ところが砕けた隕石の埃が体中に付いてしまい、それに触ったブラッドたちの様子がどんどんおかしくなってきて……。
 さあ来ましたよ、トゥーンお得意のキチガイネタ!! ……と、思った割には古典ギャグを羅列しただけ、という感じで盛り上がらない。タックのオナラ連発とか、悪い意味でくっだらない。狂うなら狂うで、もっともっとエスカレートさせて欲しかったなあ。町じゅうみんなおかしくなって収拾がつかなくなる、とか。
 精神分析医にかかったジェニーが「私にはどうにもならん」と、トレッキーのファン大会に送られるというヒドいギャグが、一番面白かった。

ゴミにはご注意の巻

 遠い星からのSOS信号を探知したジェニーたちが向かったのは、到るところゴミだらけの惑星。そこへ、クラスターの元女王ヴェクサスが現れた。SOS信号はジェニーを誘き寄せるための罠だったのだ。更にスマイタスとクラッカスも現れて、ジェニーに襲い掛かるのだったが……。
 あららら、いつのまにかヴェクサス女王、えらく落ちぶれちゃって。ゴミ捨て場なんかで何やってるんですか! どうもここらあたりの経緯は1時間の長編エピソードで描かれているらしいが、日本ではまだ未放映。このへん、ちょっとどうにかして欲しかったところ。massangeanaさんのサイトを見ると、本国では逆に放送が早すぎておかしなことになっていたようだが……。
 ヴェクサスの攻撃で、ジェニーが錆びてしまうシーンが、なんか好き。固め系が好みという訳でも無いのだが……。