『心はプログラムできるか』有田隆也

 ソフトバンクから去年暮れに創刊された「サイエンス・アイ新書」の一冊。この新書は初めて読むが、厚手の紙に多色刷りの図版を多く使用していて、一見軽めに見えるものの、実際に読んでみると、結構内容はしっかりしている。ただ文字数の少なさから、ブルーバックスよりも「薄い」という印象を受けるのは致し方ないところか。
 本書のタイトルからは人工知能A.I.)を扱った本に見えなくも無いが、実際の主眼は人工生命(A.L.)の方にあり、また、それを利用した進化行動学のシミュレーションを紹介している。
 蟻のフェロモンによるコミュニケーションを模倣することで巡回セールスマン問題を解けるのではないか、とする第1章から始まり、遺伝的アルゴリズムによるマンガのキャラクター生成、仮想マシン上で走らせたデジタル生命(極めて簡単なプログラムなのに、ちゃんと進化し「寄生生物」まで現れたりする!)、セルオートマトン、「囚人のジレンマ」による利他的な行動の進化など、バラエティに富んだ話題で、人工生命の可能性を分かりやすく解説してくれるのが嬉しい。
 特に興味深く読めたのが、第7章「暗闇で不安そうに動くロボット」で、ここでは感情がいかなる理由で進化したのかを説明している。様々な状況に瞬時に適応するため、行動を特定のパターンに従って調整する「モジュレータ」としての役割を感情は担っている、という仮説がある。これを、ロボットの行動のパラメータの単純な上げ下げ(例えば方向転換を頻繁にするかしないか、ゆっくり走るか速く走るか、など)で再現してみせると、人間の目には実際に「暗闇で不安そう」にしていたり、「エネルギーの多い場所で満足そう」にしているように見えるのである。「感情」という一見かなり高度な心の機能に見えるものが、実はかなり単純な生理現象として説明できることが、実感として納得させられる。
 心は進化に伴って出現したものであり、個々の心を作り出す脳もまた、遺伝的アルゴリズムによってシナプスが配線されて出来ていくものなのだから、これらが人工生命の進化によって再現できるというのは、当然といえば当然のことかも知れない。これからの発展を、興味深く見守っていきたい分野だ。

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