ベティ・ブープ"Betty Boop,MD"

 さて、今日からベティ・ブープの紹介をしたいと思います。と、いっても全作品を見たわけでは無いので、自分の観た中で特にコレは!と思うもの何篇かについて、ダラダラと紹介文を書いていきたいと思ってます。アニメーションの名作だし、自分なんかよりこの映画に詳しい人は幾らでもいそうですが、ネット上で個別の作品について紹介してる日本語のサイトもあまり見当たらないし、まあ、なにかの役に立てば幸いかな、と。シリーズ全体の概要については、http://d.hatena.ne.jp/soapland/20050110#p1id:soapland:20050110にとても詳しく紹介されているので、こちらを参考にしてください。
 今回は1932年公開の"Betty Boop,MD"、邦題は「ベティ博士とハイド」。1932年と言うと、ベティものの一番脂の乗り切ってる時期ですね。ドラッギーにしてノリの良い傑作です。

 まずはタイトルバック。サックスやクラクションが合いの手に入る、この時期共通のテーマソングの軽快なリズムに乗せてオープニング・クレジットが切り替わり、最後にベティさん登場。"Sweet Betty"という甘い曲に合わせ腰を振り振り歩き、「ププッピドゥ、キャ!」とウィンクするパターンです(この他カーテンを開けて登場するパターンや、さらに後期にはシルエットだけの静止画のパターンなどがある)。
 本編が始まると、異様に起伏のあるマンガ的な道を走る馬車一両。とある街にやってきました。馬車の幌には薬ビンの絵と共に「ベティ・ブープの『ジッポー』」「息が止まります!」「偏平足になります」「ジッポーを買いましょう」などという怪しげな宣伝文句が。街の住民が集まってきますが、既に皆、バックの音楽に合わせてスウィングしてるノリの良さがいいですねえ。ジャズとアニメのシンクロはフライシャーの真骨頂で、ガイドになる音楽を元にアニメートしてから、更にそのアニメに併せて音楽を演奏させる、という手間の掛かる方法でぴったりと同調させていたようです。
 さて、馬車の中からカエルが出てきて(この登場時のダンスもいい)口上を述べ、代わって道化師ココが登場。道化師ココはフライシャー初期のカートゥーンの主人公ですが、この段階では既にベティものの脇役になってしまってます。それはともかく、皆の前で曲芸を披露するココ。体を大きく曲げて首を股下に突っ込み、くねくねでろでろと……

 曲芸をやってて体がもつれちゃった、くらいなら良くあるギャグなんだけど、ここでは更にシュールな世界に突入してます。冒頭からキテますねえ。ある意味フリーキッシュでさえあり、フライシャーがジム・ウードリングなどの世界の原点であることが良く分かります。
 曲芸が終わるや、「ジッポー」という薬を買うようにセールスするココ。しかし皆、財布の紐は固い。そこでいよいよ馬車の奥からベティさん登場。"Hello,everybody"とベティさん、まずは一曲「幸せな気持ちが欲しいなら、健康な体が欲しいなら、まずはジッポーを買ってみて!」とかなんとか、そういう感じの歌を披露。

 歌を歌うときのくるくると変わる表情がいいですね。ベティさんのファニー・ボイスももちろん最高。外国で日本のアニメの女の子の声について「ベティ・ブープの様な声」と形容されることが多いように思うんですが、まさに元祖アニメ声ですね。ところでベティさんの日本語吹き替えといえば向井真理子ですが、実はちょっとイメージが違うような気がしています。向井氏の声が大人の色気を秘めているのに対し、ベティさんの方は声自体には色気は無くて、ひたすらファニーで可愛い感じ。実際ベティ役だったメイ・クエステルは、一方では色気もへったくれも無いあのオリーブ・オイル役もこなしてたわけで。

 歌い終わったベティさん、手に持ってた紙を広げて図示しながら「ジッポー」の効能を聴衆に解説します。更にには論より証拠、とばかりに実際に薬を試してみることに。"C'mon,boy"と、ひょろひょろの若者に「ジッポー」を飲ませたところ……

 女の子にもバカにされていたボクだけど「ジッポー」のおかげでこんなたくましい体に!というところでしょうか。
 
 更にヨボヨボのお爺さんに飲ませると、体そのままの大きさで赤ん坊に、お爺さんが連れていた赤ん坊も、そのままの大きさでお爺さんに変身。巨大赤ん坊が小さなお爺さんを抱きかかえて……本人達が何故か喜んでいるのが、また不思議。そして禿げたヒゲ男が「ジッポー」を飲むとヒゲが頭に移動。隣にいる豚(猪?)のビックリした顔がまたイイ。
 ここでビンボーが「ジッポー」を飲んで、うがいの様にしながら一曲披露。ビンボーというのはベティと一緒にいる黒い子犬で、ココ同様、フライシャー初期の主役級キャラ。もともと彼の恋人役として作られたキャラがベティだったんですが、この時点では完全に立場が逆転、ただの脇役に甘んじております(それでもココと違ってタイトルバックに"and BIMBO"とちっちゃく名前が載ってるだけマシ)。
 さて、ここから怒涛のミュージカル・シーンが開幕。ウクレレの音に乗せ"Nobody's Sweetheart"という歌が流れ始めます。

You're nobody's sweetheart now,
And, oh, baby, there's no place for you somehow,
With all of your fancy clothes, silken gowns,
You'll be out of place in the middle of your own hometown,
When you walk down the avenue,
All the folks just can't believe that it's you.
With all those painted lips and painted eyes,
Wearing a bird of paradise,
It all seems wrong somehow,
It seems so funny,
You're nobody's sweetheart now!


 馬車に詰め掛け我先にジッポーを買い求めようとする人の波。お札を渡すと、図案のワシがお釣りのコインを渡す、という微妙なギャグを挟みつつ、フル回転で薬が売られていきます。それにしても正座しているベティさんのリアルな肉付きが良いですね。上の方の絵と全然プロポーション違うけど。
 さて、馬車の裏に回ると、大忙しでジッポーを瓶に詰めている従業員。しかし供給パイプの元をたどって行くと、何故か消火栓に繋がってたりして……。要するにジッポーってただの水道水? 実をいうと子供の頃テレビで見て、一番鮮明に覚えてたのがこのシーンで、ただの水を薬と騙して売るなんて、ベティさんたちってなんて悪い人たちなんだ!と憤ってた覚えがあったりします。ちなみに他のシーンはシュールすぎて、面白いと言うより怖かったですね……当時の自分には。
 さて、ジッポーを買い求めた人たちがそれを使い始めるや、異様な事が次々と始まります。音楽もいつの間にか狂騒的なスキャットに移行、それとともにお話も異次元の世界に突入していきます。

 片足の男が薬を振り掛けると……偽足がステッキを持った手に変身!(それでいいのか?と言いたくなるが本人は大喜び)

 車椅子に乗ったお爺さんも大はしゃぎ。ついに車椅子から飛び出し、あたりを跳ね回ったかと思うと、地面を布団みたいに引き出して、ベッド代わりに一休み……と思ってたらいつの間にかお墓になってた!墓石がスキャットを歌うなか、地中から手を出して自らお墓に花を添える。すると今度は巨大化した花が歌いだして……あまりに奇怪すぎて、これはギャグなのか?とか考える以前に、ノリの良さで全てがどうでも良くなります。一連の事が起こっている間も聴衆は全然無関心で、あっちの方向を向きながら音楽に合わせてスウィングしているのが、またいいですね。

 ジッポーをガブ飲みする男の背中から、ガイコツが飛び出しダンスを披露、男の尻をぽんぽんっと叩いてまた体内に戻る。すると男も後ろにステップを踏みだしてダンス! このシーン、音楽とアニメ内のダンスが完璧にシンクロしてて、もう本当に格好良いです。この手のカートゥーンが、現代で言うミュージック・ビデオ的な役割を果たしていたことが良く分かる、とてもグルーヴ感あふれる場面。

 そしてとうとう、ココを先頭に皆で行進開始! ステップに併せてどん、どん、どんと伸び縮みする街の住民達。筒井康隆も著書で絶賛した、ドラッギーな名シーンですね。
 そしてジッポーをガブ飲みする赤ちゃん。スキャットが何故かヨーデル風に変る中、赤ちゃんの顔もどんどん変身して……

 最後、ガオーッ、で締め。丁度前年に公開された映画『ジキル博士とハイド氏』からのパロディなんですかね。事態の収拾も、オチも何もあったもんじゃない終わり方ですが、フライシャーのギャグはノリが全て。これでいいんです。
 と、いう訳でベティ・ブープカートゥーンの一篇を紹介してみましたが、どうだったでしょうか。ベティものはInternet Archiveでも何篇か観ることができるので、興味が湧いた方は、是非観てみて下さい。

Betty Boop's May Party [VHS]

Betty Boop's May Party [VHS]