『不思議のひと触れ』シオドア・スタージョン

 日本でのスタージョン再評価を決定付けた作品集。どうして今までスタージョンを読んでこなかったんだろう、と後悔さえ感じるほど、粒よりの短編ぞろい。個人的には「もう一人のシーリア」「不思議のひと触れ」「孤独の円盤」に心を打たれました。
高額保険
 これがデビュー作らしいショートショート。小ネタながら、妙に現実的な犯罪のアイデアが印象的。
もうひとりのシーリア
 主人公はまるで「屋根裏の散歩者」なのだが、猟奇的な雰囲気は感じない。奇妙な動機と行動にも関わらず、群集の孤独を背景に、不思議と共感を感じるところが面白い。安部公房箱男』では冒頭場面に通じるものがあるように思う。あれも冒頭、「箱」の使用方法を詳細に解説する場面とか、真似したくなるような魅力があった。
 対して「シーリア」の、非人間感あふれる描写も凄い。これまた群集の孤独に由来する恐怖。最後まで目的も正体も分からないまま、唐突に物語は終わる。傑作!
影よ、影よ、影の国
 いわゆるイマジナリー・フレンドを扱ったホラー小品。厳しい親に育てられた作者の実体験が色濃く反映されているらしく、独特の情感が胸を打つ。
裏庭の神様
 ディックの短編「パットへの贈り物」を連想した。こういう「日常に降りて来た神様」ネタは好き。
不思議のひと触れ
 ささやかな「不思議」体験を軸に、見知らぬ者同士が共感を深め合っていく「不思議」。果たして自分は「人生を本物にしてくれる不思議」と出会うことはあるのだろうか、なんて考えたりして……。文句無しの傑作です。人魚とのコミュニケーションの奇妙さ、稚気がまた、面白い。どうしてこんなことを考えられるんだろう……。
ぶわん・ばっ!
 とびきりに楽しいジャズ小説。このグルーヴ感、フライシャー兄弟ばりにノリノリのカートゥーンにしたら面白そう。
タンディの物語
 典型的な「恐るべき子供たち」ものの短編だが、作者本人の子供をモデルにしているというのが、面白いかも。
閉所愛好症
 おたく、非モテ、ひきこもり。負け犬と呼ばれる我らこそが、本当に選ばれた人間なのだ!と高らかに唄うお話。ここまで正面きってやられると気恥ずかしさを感じないでも無いが、やっぱりラストの開放感は気持ちいいです。
雷と薔薇
 タイトルは美しいが、個人的にはあまりピンとこなかったお話。扱っているテーマの先見性には感心するのだけれども……。
孤独の円盤
 以前S-Fマガジンに再録されてものを読んだことがあるが、再読してもやっぱり素晴らしさは変らなかった。「不思議のひと触れ」の変奏曲のようなお話。異星人とのファースト・コンタクト、という宇宙的なテーマも、スタージョンにかかると孤独と共感の物語へと変わる。


 それにしても感想が書き難い本だった。読んだのは九月だったんですけどね。人には凄く勧めたいのに、書けば書くほど本質から外れていくような気がして……。

はてな年間100冊読書クラブ 15/100)