『軌道エレベータ―宇宙へ架ける橋』石原藤夫・金子隆一

 赤道上空約3万6千km、静止軌道を周回する衛星は、公転周期が地球の自転周期と一致しているため、見かけ上、天の一点に留まり続けることとなる。さて、この静止衛星から地上へ向けて、長いケーブルを垂らしていくこととする。もちろんそのままでは地球へ落下してしまうから、反対側にも釣り合いが取れるだけの重量を伸ばしていく。要するに恐ろしく細長い人工衛星が出来るわけだが、重量の釣り合いが取れる限り、どんなに長くなっても静止軌道に留まり続ける。やがて、ケーブルの一端が地上に到達する。遥か天上から延びてきたこのケーブルを伝って行けば、エレベータに乗るような要領で、宇宙空間まで上っていけるはずだ……。
 打ち上げのたびに莫大な量の燃料と高価な機体を使い捨てにするロケットよりも、遥かに「エレガント」なこの夢の未来技術に関する、たぶん日本で(世界でも?)唯一の解説書。歴史や理論的な背景から、建造材料や方法、再利用型ロケットなど他の手段との比較など、記述がわかり易く具体的で、読んでると、ぐんぐん夢が膨らんでくる楽しさがある。特に興味深かったのはロケットの限界に関する話で、化学燃料ロケットを軌道に投入するのに、いかにギリギリの制約の中を潜り抜けないといけないか、良くわかる(それは現状以上に効率の良いロケットの登場は、当分望めそうに無い、ということでもある)。
 軌道エレベータは理論的にはそう難しい話ではないものの、作るためには猛烈な引っ張り強度を持つ建材が必要となるため(何しろ数万kmの長さ分の自重で引っ張られるのだ)、もともと実現は遠い未来のお話と考えられてきた。それがグラファイト・ウィスカーや、引っ張り強度だけならダイヤモンド以上とすら言われるカーボンナノチューブ(CNT)の発見により、少なくとも理論的には実現可能となったのがここ十数年の話(CNTの発見が1991年)。この本は1997年に書かれているが、その後も軌道エレベータ建造を目指すベンチャー企業が設立されたり、果ては15年後に実現(「宇宙エレベータ」15年後に実現か? | スラド)などという話まで出てくるようになった。まさしくあれよあれよ、という思いがする。この手のニュースが報道されるたびに、ずいぶんワクワクさせてもらったものだ。
 もちろんまだまだ解決しなくてはならない技術的課題は数多く(最近もCNTのケーブルは予想よりも低い強度しか持ち得ない、という研究があった)冷静に考えれば自分が生きている間に建造できる可能性は少ないと思うのだけれども……それでも、現在理論的に可能な技術で、これほど夢を広げられる物は無いんじゃないだろうか。

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