『キッド・ピストルズの妄想』山口雅也

 パラレル英国を舞台に、パンク警官キッド・ピストルズを主人公としたミステリ連作集。自分としては、前々作『−の冒涜』を新刊時に読んで以来、久々の再会ということになる。
 半重力に取り付かれた博士。ノアの箱舟を再現した富豪。完璧な庭園に己の人生を投影した貴族。「妄想」とタイトルについている通り、それぞれの事件に絡む人々が孕む、常軌を逸した妄想がストーリーの要となる。
 ……ところが問題はその「妄想」の扱い方で。収録作中最初の二本(「神なき塔」「ノアの最後の航海」)は、それぞれの妄想に科学的知識が絡んでくるだけに、その使い方に拙いものを感じ始めると、もう駄目。どうやっても、最後までノり切れなかった。特に前者は、ブルーバックスが下敷きに見えるようで、かなり辛い。ここはひとつ、変に科学的整合性にこだわらず、完全に妄想から出来上がった疑似科学体系でも開陳して欲しかったところなのだが。
 と、言うわけで自分としては、三番目の「永劫の庭」が一番素晴らしかったと思う(これは自分に庭園に関する知識が無いからかも知れないが)。絵的にも、ノーブルな庭園にたたずむパンク兄ちゃんと、なかなか良い感じだしね。

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