『夢盗人の娘』マイクル・ムアコック

第二次大戦前夜、白き肌とルビー色の瞳をもつフォン・ベック伯爵ウルリックの居城に、SS将校となった従兄のゲイナー公爵が訪ねてきた。ベック家に古えより伝わる「黒の剣」レーヴンブランドをヒトラーに渡せというのだ。拒絶したウルリックはただちに収容所に連行され、拷問を受ける。やがて反ナチ組織に属するウーナという娘の助けで脱走したウルリックは、敵の追撃をかわし、地下世界ムー・ウーリアへと逃れるが…。
Amazon商品説明より)

 書店で見かけて、今までと違う雰囲気の表紙にびっくり。タイトルロールでもある、ウーナの憂いを帯びた表情が良いですなあ。
 ……と言うわけで、早川「永遠の戦士エルリック」の新装版シリーズも、いよいよこの巻から本邦初訳分に。21世紀に書かれたエルリックとはどのようなものなのか、期待半分、不安半分で購入したのだけれど、読み終わってみればエルリックは格好良いし、新しい試みは刺激的。若干冗長なところが気になったことも確かだが、続巻に十分期待の持てる出来だった。
 語り手にして実質的な主役は、20世紀のドイツ人、ウルリック・フォン・ベック。小説中にたびたび存在する彼の先祖に関する言及からすると、三十年戦争を舞台としたファンタジー『堕ちた天使』の主役の子孫らしい。『堕ちた天使』ではサタンの依頼を受けた聖杯探求の旅が描かれていたが、本作でもその聖杯が重要な役割を果たす。
 古代的な思考の亜人類・エルリックの視点で進む旧シリーズと違い、現代的な価値観を持つ二十世紀人を語り手とすることで、新たに再構築されるエルリック像が新鮮だ。そういう意味では、ムー・ウーリアなどファンタジックな土地を舞台としたパートよりも、ナチス政権下のドイツでルドルフ・ヘスヒトラー相手に立ち回ったり、最後には現実の歴史、バトル・オブ・ブリテンへの介入(戦闘機vsドラゴン!)が語られるなど、現実的な舞台のパートの方がずっと面白いのも当然か。地底世界ムー・ウーリアにしても、ナチス内で信じられていたと言う地球空洞説を連想させたり、その入り口がハーメルンにあるなど、史実を背景とした「くすぐり」が楽しい。
 初めて「法」側の神が敵役として登場したり、「呪われし公子」ゲイナーのオリジンが語られたり、シリーズの一環としても面白い趣向がいくつも用意されているので、『真珠の砦』や『薔薇の復讐』に面食らった昔ながらのファンにも、十分楽しめる一作だと思う。
 それにしても『薔薇の復讐』といい本作といい、毎回毎回、オチでトンでもなく酷い目に会うゲイナーが哀れ。もう作者も、楽しんでいたぶってる様にさえ思えるが、情けなくって、なんか好きなんだよなあ。

夢盗人の娘―永遠の戦士エルリック〈5〉 (ハヤカワ文庫SF)

夢盗人の娘―永遠の戦士エルリック〈5〉 (ハヤカワ文庫SF)

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