『心はどのように遺伝するか―双生児が語る新しい遺伝観』安藤寿康

 人間の「心」に与える遺伝の影響はどのようなものなのか、そしてそれは親の教育や育った環境といった、後天的な要因よりも強いのか……こういう「生まれか育ちか」問題は、「蛙の子は蛙」「鳶が鷹を産む」などと諺にもなっているように、古くより人々の関心を集めてきた。本書は人間の心の遺伝を統計的に解析する学問、行動遺伝学についてのわかりやすい入門書。文章が達者で、かなり複雑な事柄を扱ってるのにも関わらず、つっかえることも無くすらすら読めるのがありがたい。
 文中で個人的に一番驚いたのは「遺伝規定性は成長とともに増大する」という話。素人目には、経験を積むに従って遺伝の影響は小さくなる、という方が「自然」に見えるのだが、事実は逆らしい。また、最後の「遺伝概念をめぐるさまざまな誤解を解く」章も必読だ。
 性格はどの程度遺伝するのか。これを行動遺伝学では、一卵性双生児と二卵性双生児、それぞれ同じ家庭で育てられた場合と(養子などにより)別々に育てられた場合とを比較することで研究する。もちろん単純に「親子は似た性格になる」「優秀な親からは優秀な子供が生まれる」というわけでは無い。ここらあたりを、本書では顔の美醜の遺伝を例に、ゲシュタルトという概念を用いて説明している。こころは無数の遺伝的要素の組み合わせによって作られるものであり、単純に「優秀な遺伝子」「性格を良くする遺伝子」などというものがある訳ではない。父母からもらった遺伝子の組み合わせ次第では、親とは似ても似つかない性格になることもある訳だ。
 なお「生まれか育ちか」問題については、スティーブン・ピンカー『人間の本性を考える』でも取り上げられていたが、こちらの本ではそのような結論が出るまでの論理を丁寧に説明してあって、より納得しやすいと思う。
 また、こころを形成する上で、遺伝的要素と対になる「後天的な経験」についても、その影響を判りやすく説明している。一卵性双生児の分析により、二人が共有する環境(最も大きいのは家庭環境だろう)よりも共有しない環境の方が、遥かにそのこころに与える影響は大きい。じゃ要するに家庭でのしつけ・教育ってのは意味無いのか?とも思いたくなる結果だが、これは結局、ヒトが社会性動物である以上、基本的に役割が固定されている「家庭内」での経験よりも、各人の行動によってヒエラルキーが流動しつづける「家庭外」での経験の方が、パーソナリティ確立に強い影響を及ぼす、ということなんだろう。これは自分自身の来歴を冷静に振り返ってみても、そうなんだろうなあ、という気がする。
 近年子供の教育問題が話題になることが多いが、家庭でのしつけがどうの、愛国心がどうのといった情緒的な論議の前に、いま一度、ヒトの心の形成過程について、冷静に熟考してみることが必要だろう。

心はどのように遺伝するか―双生児が語る新しい遺伝観 (ブルーバックス)

心はどのように遺伝するか―双生児が語る新しい遺伝観 (ブルーバックス)