『ヘル』筒井康隆

ここは現世か地獄か? 夢か現か? はたしておれは生きているのか? 「ヘル」では生者も死者も一緒くた。恨みも愛も欲も甦り、時間と世界は崩れ落ちて…。七五調にのせていざなう恐怖と哄笑の筒井ワールド。
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 筒井流「あの世」であるところの「ヘル」を舞台とした中篇。地獄めいた場所を舞台とした小説としては、同じ作者の『驚愕の曠野』を思い出す。あれは話者がいつのまにか物語られる側となり、殺し殺されながら際限なく堕ちていく、恐ろしいお話だった。ただ、こちらの方はそこまで嫌な所ではなく、作者も言及しているように、ヘルというよりはリンボ(煉獄)という方が雰囲気が近い。
 どれが現実でどれが「ヘル」なのか。夢、舞台下の奈落、映画や痴呆老人の現実が、あの世と互いに侵食しあっていく。誰が生きていて誰が死んでいるのか、あるいは全員死んでいるのか。時系列がバラバラに組替えられたストーリーを少しづつ読み解きながら、幽冥の雰囲気に浸っていく構成は、素晴らしいです。
 ただ、どうも全体的に散漫な印象があって乗り切れないのが、つくづく残念。物語の後半、七五調の文体が頻出するようになるのだけれども、『脱走と追跡のサンバ』や『虚航船団』のような、読者を一気に異界へいざなうが如きドライブ感は感じられず、むしろ更に散漫になっていく印象なのが辛い。刈り込んで短編にするか、逆に更にエピソードを盛り込んで長編にした方が良かったのかも知れないなあ。
 結末部もびっくりするくらい凡庸なイメージで、釈然としないものが残る。うーん、『敵』は面白かったのに。
はてな年間100冊読書クラブ:4/100)

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