『ベータ2のバラッド』サミュエル・R・ディレイニー他
国書刊行会「未来の文学」初のアンソロジー。サンリオSF文庫の衣鉢を継ぐこのシリーズらしく、21世紀の今になってニュー・ウエーブSFの傑作選。ただ、オーソドックスなSFや古典も混じってて、ちょっと奇妙なセレクション。どの作品も十分に楽しめました。
「ベータ2のバラッド」サミュエル・R・ディレイニー
恒星間飛行のさなか、全住民が消えうせてしまった世代宇宙船、ベータ2。その謎は、船団内に伝わるバラッドとして残されていた……。
時間停止空間で揺らめく炎。真空中に裸で遊ぶ子供たち。「標準」であり続けるため選別を繰り返し、いつしか異形の姿に変わり果ててしまった船員たち。異様で美しいビジュアル・イメージが印象的。炎のようなエネルギー生命体の子を孕み、「髑髏の丘」で処刑される女船長の物語は、もろキリスト物語の再話なのだけれども、異端を排除する社会への恐怖、エキゾチックな文明描写、異教的な生命賛歌がない交ぜとなって、切実かつエネルギッシュな物語として語りなおされていて面白い。
ところでアメコミ、マイティ・ソーの一エピソード「バラッド・オブ・ベータレイ・ビル」の題名の元ネタは、やはりこれなんだろうか。
「四色問題」バリントン・J・ベイリー
ベイリーがムアコックやバラードらとともにニュー・ウェーブ運動に関わっていたことは、知識として知ってはいたものの、実際の作品からはそのような来歴は感じられなかった。やっぱりベイリーと言えば奇想SFだし。ところがこの短編は、ウィリアム・バロウズをフィーチャーしたバリバリの実験作……というか怪作。
数学エリートがアメリカを乗っ取り、人々のストレスをコントロールすることにより究極の管理社会を実現する。ところが衛星観測により、理念的な地図と現実の地形との間に「四色問題」に関わる重大な齟齬が発生していることを発見。それを利用して管理社会から脱出しようとする者が……。バロウズっぽいカット・アップされた文章に、これまたバロウズ風オカルト趣味やパラノイア的陰謀論、そして数学的奇想が入り混じり、眩暈がするような読後感。でも訳わからないなりに断片的なイメージをニヤニヤ楽しめるのも、これまたバロウズっぽいかも知れない。同じアイデアを、オーソドックスな文章で楽しみたかった、という思いもあるけれども……。
「降誕祭前夜」キース・ロバーツ
ファシストに支配され、ナチス・ドイツと連合国家を形成した「もう一つの」イギリス。クリスマス・イブ、森の中の山荘を舞台とした陰謀劇。
「ゲルマン的」に変形(いや、むしろ先祖がえりか)させられたクリスマス。白い雪と一筋の血で暗示される、残酷な運命。全編を通底する冷え冷えとした感触がたまらない。『パヴァーヌ』も良かったし、キース・ロバーツの作品を、もっと読んでみたい。
「プリティ・マギー・マネー・アイズ」ハーラン・エリスン
ラスベガスの一角、スロットマシン・コーナー。なにもかも失った孤独な男が出会ったのは、薄幸な「運命の女」マギーだった。
一種のゴースト・ストーリー。タイポグラフィまで入り混じる、情念たぎる文章が素晴らしい。
しかしこの短編、読後に思い返すと、何故か頭ん中では水木しげるの絵柄になってるんだよなあ。恐いけど良く考えると間抜けなようなビジュアル・イメージ、主役の男の哀れさに、どこか共通点を感じるのかも。
「ハートフォード手稿」リチャード・カウパー
ウエルズの「タイム・マシン」の主人公には実在のモデルがいた、というお話。主人公がペストの流行るロンドンで右往左往するあたりは、結構面白かった。むしろ長編で読みたいアイデアかも。
「時の探検家たち」H・G・ウエルズ
これはボーナス・トラックで、SFの祖ウエルズの代表作「タイム・マシン」草稿バージョン。ナサニエル・ホーソーンを意識したと言う装飾的な文体が、優雅でいい感じ。あと、スティーブン・バクスター『タイム・シップ』の元ネタを確認できたのが嬉しい。
- 作者: サミュエル・R.ディレイニー,若島正,Samuel R. Delany
- 出版社/メーカー: 国書刊行会
- 発売日: 2006/05/01
- メディア: 単行本
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