「アフォーダンス-新しい認知の理論」佐々木正人

 米国の心理学者ジェームス・ギブソンによって提唱された「アフォーダンス」という概念について、分かり易く解説した本。
 音楽を聴くとき、我々は単なる「音の連なり」を聴いているわけではない。「メロディ」として認識しているのだ。つまり知覚刺激の集合が、その総和以上のものとなり、しかも総和とは異なったものとなることがある。これをゲシュタルトという。
 ゲシュタルト刺激について、また別の例。直線上に豆電球を多数配置して、順番に点滅させる。ゆっくり点滅させると、単に「電球が順番に点滅している」としか認識されない。しかし速度を早めると、「光が移動している」ように見える(アニメーションの原理ですね)。面白いのは、この2つの知覚は同時に起こらない、ということだ。ちょっと考えれば思いあたると思うが、「電球が順番に点滅している」ことと「光が移動している」ことを同時に知覚することは出来ない。知覚できるのは、どちらか一方なのである。これはつまり、この2つ(ゲシュタルト刺激と、それを構成する要素の刺激)が同じレベルの知覚であることを示す。
 同様に、我々は特定の動き、特定の形、特定の色……etcの連なりから、その総和以上の情報を受け取っていることが示唆される。椅子を見ているとき、我々は単に色や形についての単純な感覚刺激を受けているだけではなく、例えば「この上に座れそうだ」「自分が乗っても壊れなさそうだ」「手に持って運ぶと重そうだ」といった、生きるために重要な情報をも、同じレベルで受けているのである。これを「アフォーダンス」という。
 基本的には半世紀も前の理論であって、最近認知とか脳科学関係の本を読むようにしているせいもあってか、それほど目新しい感じはしなかった。ただ、それだけに基礎的な情報を固めるのには良かったと思う。分かり難かったのは「アフォーダンスは単に主観的な情報ではない。そのもの自体が発している情報なのだ」という言い回しで、(自分の読解力が低いせいもあって)オカルト的なことを言ってるのかと思った程。要するに、「色という感覚は、可視光線の波長から脳内で作り上げられたもの。だが、それはもともとその物体の持っている性質(構成している物質など)に由来するものだから、色とは単に主観的な情報では無く、そのもの自体が発している情報なのだ」ということと同じ……と思っていいのかな?(なんだか自分で書いてて混乱してきたw)
 これほど昔に、それもあっけないほど単純な実験で、現代にも通用する認知理論が築き上げられていた、というのは面白い事実だと思う。これがどの様な分野で応用されていったのか、そのあたりについても知りたいものだ。

アフォーダンス-新しい認知の理論 (岩波科学ライブラリー (12))

アフォーダンス-新しい認知の理論 (岩波科学ライブラリー (12))