『自来也忍法帖』山田風太郎

 藤堂藩の美しき息女・鞠姫に、将軍家の馬鹿息子が婿として押し付けられた。この石五郎、頭が弱い上に口も聞けず、そのくせ性欲だけは人並み以上あるというやっかいもの。一方、お家乗っ取りを企む伊賀忍者は石五郎を抹殺すべく、くノ一を送り込む。この危機に颯爽と立ち向かう謎の白覆面、自来也とは……
 山田風太郎、長編忍法帖もの。本作のヒーロー、自来也はあくまでも強く格好良く、ヒーロー然としている。なにしろ白覆面に決めゼリフですからね〜、まるでテレビ時代劇の主人公。ところが、その正体は読者にも伏せられたまま話が進んでいく。この正体を巡る謎解きが、ミスディレクションを誘う構成になっていてめっぽう面白い。自分も自来也の正体は***だろうな、バレバレじゃん、と思いつつ読み進んでいて、途中でアレッとなってしまった。もっとも、物語も半ばを過ぎると、どんなに鈍い読者でもトリックに気付いてしまうのだろうけど……。このあたりのツメの甘さが、ミステリ作家としての作者に、本作へのC評価を下させた主因だろうか。しかしそれでも物語として楽しいのに変りは無い。
 一方でヒロイン・鞠姫も魅力的。汚れを知らない姫君ながら、気が強くてとても行動的。初夜の床でバカ婿を一蹴、別の城へ逃げ出したくせに、婿が妾を持とうとすると「馬鹿の癖に生意気である。そんなわがままは許さない」とくる。しかし、そんな鞠姫を慕ってフラフラとついてくる石五郎。相も変わらぬ痴態に嫌悪感は止まらないが、刺客に狙われているのに警戒心の全く無い石五郎を、持ち前の正義心から保護せざるを得ない。やがてこの婿に、弟に対するようなやさしい愛情も生まれてきて……。また一方では、危機の際に颯爽と現れる自来也に、女として心を惹かれる鞠姫様。う〜ん、ヒロインとしての一典型ながらも、やっぱりいいですねえ、この情感。
 山田風太郎ならではのエログロ描写(切断された女体がもぞもぞと蠢いている、とか)をふんだんに盛り込みつつも、忍法帖としては驚くほど爽やかな読後感の一冊。昔GQ誌に掲載された風太郎自身による評価は、Cランクとえらく低かったが、いやいや面白いじゃないですか! 個人的には、A評価の『伊賀忍法帖』とかよりはずっと出来が良いと思う。

自来也忍法帖

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