『マジック・キングダムで落ちぶれて』コリィ・ドクトロウ

 不老不死とフリー・エネルギーが実現された未来。主人公のジュールズはフロリダのディズニー・ワールドに住み着き、恋人リルとともにホーンテッド・マンションを運営するボランティア・メンバーの一員となっていた。が、アトラクションへの新技術の導入を巡り、ジュールズはのっぴきならない事態に追い込まれることに……。
 ローカス賞受賞作。まず設定が面白い。誰でも好きなだけ使える無尽蔵のエネルギーに、記憶のバックアップとクローン技術による不老不死。病気になったら(風邪程度でも!)今の肉体を捨て、新しい体にバックアップを移せばよい。なにか嫌な事があっても、それが起こる前のバックアップから再生すれば、その記憶自体が消滅してしまう。この世界で通貨の代わりとなっているのが「ウッフィー」で、人に親切にしたり公共のために奉仕することで得ることが出来る。逆に人からサービスを受けたり、または嫌われるだけでも減っていく。要するにエネルギーも土地も資源も希少価値を失った世界にあって、唯一「評判」「名誉」が通貨の基本単位となってるわけ。そんな世界で企業の代わりにあるのが、ボランティア集団「アドホック」だ。また、ウッフィーはネットを通じて誰でも好きな時に参照することができるから、「ウッフィー貧乏」は誰にも相手にされなくなってしまう。道で会っても無視されたりとか。でも、そんなこんなで世の中が嫌になったら「デッドヘッド」すれば良い。今の肉体を消し、50年、100年、あるいは数千年後に復活させてもらうのだ。
 ところが、そんな世界にあってもやっぱり人間は人間のままなんだよねえ。変りたいと思わなければ、どんなに環境が変わっても人間の本質は変わらないわけだ。ここのあたりが、軽やかに「ポストヒューマン」へと飛翔していたサイバーパンク世代と最も違うところだろうか。
 従って、この夢の様な未来世界にも、人間ならではのイロイロなしがらみが発生するわけなんですね。ウッフィーや恋人を巡る競争があれば嫉妬もあるし「殺人事件」だってある。もちろん、友情も……。主人公のジュールズは、大好きなホーンテッド・マンションを守るために奮闘するものの、どんどん裏目に出てド壷にはまってしまう。ここらあたりの描写、主人公のダメさ加減に共感できるが故に、かなり痛々しいんだが……それだけにラスト、ジュールズが本当に守りたかったものがわかるシーンにはちょっとウルウルしてしまった。記憶を巡る話って、どうしてこう、人をセンチメンタルにさせるんだろう。独特の設定とラストの余韻が秀逸な一作。
 ちなみにディズニーランドマニアの人、特にホーンテッド・マンション好きの人にも、この小説はお勧め。描写の節々に、作者のホーンテッド・マンションへの愛情が感じられます。ディズニー・ワールドへ行ったにも関わらず、件のアトラクションは素通りしてしまった(だって東京ディズニーランドにもあるし……)自分だけど、これを読んだら猛烈に行きたくなった。

マジック・キングダムで落ちぶれて (ハヤカワ文庫SF)

マジック・キングダムで落ちぶれて (ハヤカワ文庫SF)