『ニュースの裏には「科学」がいっぱい』中野不二男

 元本が出版されたのが1998年、当時ビビッドな話題であった地下鉄サリン事件阪神大震災、FSX自主開発断念といった話題について、その科学技術的な背景を解説している。タイトルからは割と軽めな、ニュースに関連する科学を解説、といった感じの内容を想像するが、実際にはむしろ科学技術に対して理解の無い政府やマスコミの無知・無策ぶりを糾弾する内容となっている。
 「科学技術立国」を自称しながら、その中心には科学技術に理解も興味も無い人間が居座っている。それを指摘すべきマスコミも、科学に対する不見識を隠そうとしない。例えば阪神大震災。報道陣のヘリコプターが何機も飛び交っているのにも関わらず、消防や救出にまったくヘリコプターが使われなかった事をいぶかしがった人も多かったと思う。著者によれば、要するに災害時にヘリを使うための準備が絶対的に不足していたということになる。規制でがんじがらめにされている上に、ヘリを動員する体制も出来ていなかった。そしてなにより「偉い人」にヘリコプターを使う、という発想自体が無かった。

輸送あるいは移動の手段といえば鉄道一本槍だった戦前生まれの人々にとって、ヘリコプターなどおよそ縁の無い乗り物だろう。(中略)発送がなければ、救助や救援の依頼どころの話ではない。
(p268)

  人間を文系理系と分ける事に意味があるとは思わないが、実際問題として、社会を動かす側の人間に、理系的な素養があまりにも軽視されていたことは確かだと思う。なにしろ「バーチャル・リアリティは悪である、とハッキリ言う」なんて政府答申で平気で言われてたくらいだし。著者は科学教育によってこの状況を変えるべきだと訴えている。今までの暗記のみの受験教育ではなく、実験の充実や科学理論の古典作品を読ませることによって、科学ぎらいを無くすことが必要なのだ、と。
 原著が出版されてから数年。書店を見ると子供向けの実験キット付き科学書が並んでおり、テレビでも米村でんじろう氏などが積極的に科学実験ショーを披露している。当時より状況は多少マシになった、と信じたいが、どうだろうか。