『万物理論』グレッグ・イーガン

万物理論 (創元SF文庫)
 この世界の全ての物理法則を統合する究極の“万物理論”。人工島“ステートレス”で今、その理論が発表されようとしていた。科学ジャーナリストである主人公は、取材に訪れたこの島で、奇怪な陰謀に巻き込まれる事になる。そのころ、世界各地で原因不明の奇病“ディストレス”が蔓延し始めていた・・・・・・。
 おそらく現代SFの最重要作家、グレッグ・イーガン。『順列都市』以来5年ぶりの邦訳長編で、もう、待ちに待ったというところ。イーガンの長編と言うと読みにくいという印象が強いのだが、この作品は終末テーマのサスペンスとして結構リーダビリティが高く、“初イーガン”の人にもお勧めかも。バラードの名作『時の声』を思わせるところもある。

「よし、この男性の死亡を確認した。さあ、仏さんと話していいよ」

 とにかく小ネタが充実しており、冒頭のこの台詞から引き込まれる。犯罪捜査のための短時間の死者蘇生。自ら自閉症になることを選択する人々。遺伝子改変サンゴによる人工島上の“無政府主義者”による一種のユートピア。どれも本格的に論考しようと思ったら、それぞれで本一冊分にはなりそうな、魅力的なアイデアだと思う。また、第一章で登場する主人公の恋人との深刻なディスコミュニケーション描写の生々しさ! 実は、個人的に似たような経験があるので、このシーンは胸を掻き毟られる様な気持ちになったのだった。
 そしてこれらの描写は、第二章以降登場する“万物理論”を巡る大ネタにも繋がるテーマ・・・・・・つまりは“理解”に関するイーガンの主張に繋がるものなのだ。事実を理解したふりをして、自分に都合の良い幻想を見ないこと。他人を理解したつもりになって自分の心を騙したり、逆に手前勝手な尺度で相手を規定しないこと。なにより、ありのままの真実を理解する事を恐れないこと。パーソナルな心の触れ合いから、宇宙論的な論考に至るまでが“理解”というキーワードで一つに括られていく様は見事という他無い。
 人間に対する考察の深さと文学的な読み応え、そして中盤から始まる論理のアクロバットと、宇宙全体を巻き込む怒とうの展開。イーガン邦訳作品では最長を誇るだけあって、それに見合う充実した読後感だった。やっぱりイーガン凄いわ。