『奇術師』クリストファー・プリースト

〈プラチナファンタジイ〉 奇術師 (ハヤカワ文庫 FT)
 アルフレッド・ボーデンとルパート・エンジャ。共に瞬間移動を演目とする、二人の奇術師。妨害、中傷、スパイ行為…19世紀末のイギリスで、彼らは20年にも及ぶ確執を続けていた。お互い“良きライバル”にも成り得たはずなのに。そして時は移り、現代。ボーデンとエンジャの子孫アンドルーとケイトは、二人が残した手記を読み解く。そこには、現代を生きる彼らにまで影響を及ぼしている、驚くべき秘密が記されていた……。
 10ウン年前に読んだ『逆転世界』以来、久しぶりのプリースト作品。分厚い小説だけど、リーダビリティが高いので、一気に読んでしまえる。基本的にはボーデンとエンジャの書いた手記を中心にしているのだが、どちらとも“信頼できない語り手”による著述なのがミソ。第4章エンジャの日記を読み進めるうちに「あれ、そうだったっけ?」と第2章ボーデンの手記を読み返すこともしばしばだった。また、いかにも怪しいほのめかしのあるボーデンの手記は、読んでる側にもある種の警戒感を抱かせるが、エンジャの日記の方も、実はある“事実”を意図的にボカして書いていたりする(うっかり読み流してしまうと、最終章で戸惑うことになる)。
 ただ、読後引っかかるのは、明らかにされる二人の謎のあっけなさである。一人はミステリー風、一人はSF風の謎解きがされるのだが、どちらとも普通に読んでいれば、途中で類推できる程度のものである。しかしどちらとも現代のミステリーやSFの常識から言えば、ある種の稚拙さ・不自然さを抱えているため、読者としてはそこにどう説明が付くかを期待してしまう。ところが、まったく説明されないまま物語は終わってしまうのだ。これにはかなり面食らった。
 しかし、それこそがこの小説の最大のワナなのかも知れない。ミステリー風の謎解き、とは言ったが、本当にそうだったのだろうか?解説ではポーの幻想小説ウィリアム・ウィルソン』が例示されていたが……。もしかしたらプリーストは“ミステリー”や“SF”という枠組みそのものを目晦ましに使ったのだろうか。そういう意味で、本書は真にクロスオーバー的な小説と言える。作者は19世紀末と言うジャンル小説の誕生した時代背景を舞台に、その枠組みそのものの問い直しを提示しているのかも知れない。
 と、言う風に現代小説的な意匠は凝らしているものの、基本的には最初にも書いている通り、非常に読みやすい小説だった。ビクトリア朝を舞台に、実在のニコラ・テスラを絡めて描かれる、二人の青年の人生と確執の物語は、それだけでもかなり面白い。自分の頭では、この小説の“仕掛け”を全て理解出来ていないと思うけど、今はこの、プリーストの仕掛けた"Prestige"(惑わし、幻惑)に心地よく酔わせてもらうとしよう。