「半身」サラ・ウォーターズ

半身 (創元推理文庫)
 19世紀ロンドン。29歳の孤独な令嬢マーガレットは、ミルバンク監獄を慰問に訪れて、不思議な雰囲気をたたえた女囚と出会う。こんな所にあるはずの無い、一輪の菫の花を手にして静かに祈る女…シライナ・ドーズ。彼女は霊媒だった。シライナに魅了されていくマーガレットの周りで、不思議な現象が起こり始める。それは霊の仕業なのか、それとも…。
 「荊の城」がやたらに面白かった(5月30日の日記id:zeroset:20040530を参照)ので、前作にあたる本書を読んでみた。同じ作者で、同一の時代背景(ビクトリア朝イギリス)、女性の同性愛というプロットの要まで同じなのにも関わらず、かなり印象が異なる。「荊の城」はどんでん返しの連続、次々と新しい展開で読者をぐいぐい引っ張っていくストーリー。対してこちらは、当初に示された謎が解かれないまま、緊張感だけ静かに増していく、という印象だ。物語の大半はミルバンク監獄内での会話シーンが占めるが、マーガレットとシライナの間で情感が高まっていく描写が本当に官能的なので、退屈はしない。そして、その交情に足をすくわれることになる主人公の姿は、悲劇的ではあるものの、読む者にある真実を教えてくれるだろう。この人間社会で、最も強い「力」の存在を。
 個人的には「荊の城」の方が好みだが、これもかなり面白いと思う。どちらも技巧を凝らしたプロットで、本を読んでいる間、気持ちよく「騙される」ことが出来た。
 ちなみに、本書は「このミステリーがすごい!」や週刊文春のミステリベスト10で一位を取っているが、ジャンルはあまり意識しないで読んだ方が楽しめると思う。