『軍艦忍法帖』山田風太郎

 乗鞍丞馬と名乗った飛騨の浪人は、将軍の御前試合で得体の知れぬ幻法、妖術を使ってすでに六人を倒していた。だが七人目に立った旗本、宗像主水正の剣が丞馬の片腕を叩き切った。幻術は破れたのである。それは主水正の背後に見た女の面影のせいであることを丞馬は知っていた。飛騨の幻法は女を恋したときに破れる。やがて主水正の妻となる女、お美也に、丞馬は一目で恋したのだった……。秘めたる恋に生命を賭け、飛騨幻法を駆使して愛する女を護りぬいた最後の忍者の凄絶な一生。
(角川文庫あらすじより)

 この作品、角川で文庫化されたのが比較的遅く、『秘儀書争奪』などと同様、忍法帖でも末期に書かれた作品のような印象があったのだけれども、実際には『甲賀』『江戸』に続く三作目、れっきとした初期忍法帖である。最近『飛騨忍法帖』として復刊されたのも記憶に新しい。作者本人によるランクはC評価だけれども、いやいやどうして、傑作です!
 幕末が舞台であり、勝海舟岡田以蔵芹沢鴨といった有名人が虚実ない交ぜに活躍するところは、いかにも山風流時代小説。ただ、特殊能力同士の対決をパズル的に楽しむ忍法帖的な面白さは、この作品に関しては、あまり重要視されていない。一応、近代兵器VS忍法というトピックもあるにはあるが、バトル自体に主眼は置いてないようだ。ここらあたりが、忍法帖として作者評価が低いところなのかも知れない。本書の場合扱ってる時代が時代なので、どちらかというと「幕末妖人伝」や「明治もの」と近い肌触りの作品なのである。
 明治ものと言えば、どうしてもこの作品からは大傑作『魔群の通過』を連想してしまう。自分を恋い慕う女は虫けらのように殺せるくせに、美也にだけは純愛を貫き通す丞馬。過酷な戦いの連続により肉体を欠損しながらも、ひたすらと美也に尽くし続ける彼の姿は、純愛とマゾヒスティックな情感が渾然一体となっている。彼と美也の、復讐と主従関係に縛られた悲恋は、濃厚な情念にあふれていて素晴らしい。なんて「官能的」な! それ故にこそ、虚無的で残酷なラストシーンが胸を打つ。
 この作品は最近『飛騨忍法帖』として復刊されたほか、角川e文庫でも手に入れることが出来る。
 なお本作は、山田風太郎歴史小説はともかく忍法帖はあまり肌に合わない、という人にこそお薦めしたい。
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飛騨忍法帖

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