『白銀の聖域』マイクル・ムアコック

zeroset2006-07-07

 氷河に覆われた遠未来の地球。わずかに生き残った人々はクレヴァスの中に都市国家を作り、中世さながらの生活を細々と続けていた。氷上帆船の元船長コンラッドは、遭難した老貴族を助けたことから、幻の都市・ニューヨークを目指す旅に出ることになる。伝説の地で彼を待つのは旧世界の遺産か、それとも死の安楽を賜るという「氷の女神」か……。
 10年程前に邦訳版が出版されたムアコック初期のSF。見渡す限り白一色、氷ばかりという世界に、主人公は髭面の親父。発売された直後に買ったというのに長い間放っておいたのは、このあまりに地味に見える道具立てゆえのことだった。ところが「エルリック」再刊に機に往年のムアコック熱を再び掻き立てられ、久しぶりに手に取ってみた本書。実際に読んでみるとなかなかに陰影に富んだ冒険物語で、かなり面白かったのだった。やっぱり先入観には気をつけなきゃなあ。
 船底に橇を付け、都市間の交易を行う氷上帆船。小山のごとき「陸鯨」と、それを狩る捕鯨船雄大で美しい舞台のもとで展開するのは、宿命に縛られた主人公と、死に行く世界の再生を描く、いかにもムアコックな物語だ。死と寒冷を是とする世界観に縛られた旧世代の人間たちと、俗っぽくも生き生きとした貴族たちの対比も面白い。主人公は旧世代に属する人間なのだが、貴族の娘との不倫をきっかけに、その運命が大きく動いていく。ここのあたりのドラマが見どころ。
 もっとも最後のオチには、無理にSFに持って行ったような居心地の悪さを感じる。ここが習作とされる所以かも知れないな。「永遠の戦士」叢書に入れられるのに伴って加筆訂正されたというバージョンを、ぜひ読んでみたい。
 ところで、気になった点を一つ。
 倣岸な男が探検隊を引き連れ、伝説の都市を目指す。船上には、冒険の旅に似合わぬような女性の姿も。原住民の襲撃などがあり、次々と倒れる隊員たち。不満が高まるが、粛清すら辞さない主人公は、皆を地獄の旅に引きずりこんでいく。
 こうやってプロットを抜き出していくと、ヘルツオーク監督の映画「アギーレ・神の怒り」にそっくりだ。「アギーレ」はクレジットはされていないものの、ジョセフ・コンラッドの小説『闇の奥』を下敷きとした映画。一方『白銀の聖域』、解説によると(主人公の名前からも分かるように)こちらもジョセフ・コンラッドの未訳小説が下敷きになっているらしい。ただ、『闇の奥』『白銀の聖域』「アギーレ」と比べてみると、明らかに後者二つのほうに共通点が多い。なにより一方は南米から出て行く話で、もう一方は南米奥地へ入っていく話なのだ(『白銀の聖域』は氷河に覆われた南米からニューヨークを目指す話。一方「アギーレ」は南米奥地のエルドラドを目指す話)。もしかしてコンラッドの未訳小説の方に共通モチーフがあるのかも知れないし、ある意味「エクソダスもの」とでも言うべきパターンなのかも知れないけど、1969年と1972年、ほぼ同時期の作品というところなどから、いろいろ想像させられて面白い。

白銀の聖域 (創元推理文庫)

白銀の聖域 (創元推理文庫)