『夢みるピーターの七つの冒険』イアン・マキューアン

 夢見がちなピーター少年の、空想の世界での冒険を描く物語。妹の部屋で、突如動き出した人形に襲われたり、いじめっ子をやっつけたり、猫と体を入れ替えたり……。
 作者のマキューアンはブッカー賞受賞作家。本作は体裁こそ児童小説となっているけれど、大人が読んでも十分楽しめる一作だと思う。冒頭の人形の話の様に割とストレートな教訓話もあれば、好奇心から「消えるクリーム」で家族を消してみるだけ、というシュールな話もある。子供部屋で泥棒を待ち構える話もいい。子供ならではの特別なワクワク感を大人にも追体験させてくれる。
 でももっとも印象に残ったのは、老猫や赤ん坊、そして大人へと体を入れ替える、終盤の三つのエピソードだった。動物や赤子に成り変るということは、単に姿が変るというだけの事ではない。視点が、感覚が、ものの感じ方そのものが成り変ると言うことなのである。猫や赤ん坊の視点から、今までとまったく違う世界を見たピーターは、「他者」の存在を心に刻みつける。ここらあたりはT・H・ホワイト『永遠の王』第一部*1を思い起こさせる。主人公のウォート少年は魔法使いマーリンの魔術により姿を変え、動物の視点から世界を眺めることを学ぶ。多様な価値観の重要性を知り、ウォート少年は真の王へと成長するのである。
 そして最終章、避暑地の別荘に親戚と一緒に遊びに来たピーター少年。毎日がワクワクドキドキの冒険で、変化にあふれた子供の世界。それに比べて大人って、いつも同じことばかりしてて、下らないお喋りばかり。なんてつまらないんだろう! そう思っていた彼は、ふとまどろんだ夢の中、自分が大人の体に入れ替わったことを知る。外に出て親戚のお姉さんを見たピーターは、子供の目にはただの「背景」に過ぎなかった彼女が、今ではまったく違う存在感を持っていることに気付くのだった……。成長することは、変化することだ。古い感覚と価値観が色褪せ、全く違う世界が目の前に開けてくる。なんて「官能」的なシーン!やっぱりマキューアンはいいなあ。

夢みるピーターの七つの冒険 (中公文庫)

夢みるピーターの七つの冒険 (中公文庫)

*1:ディズニーアニメ『王様の剣』の原作でもある。