『忍法創世記』山田風太郎

 南北朝の騒乱も終焉に近づきある頃、永らく敵対していた伊賀と柳生の和解のため、双方三名ずつの若者による婚姻の儀が執り行われようとしていた。しかし、意外な来客により儀式は中断、彼らは南朝の持つ「三種の神器」争奪戦へと巻き込まれる。そしてそれは伊賀に忍法、柳生に剣法が定着するきっかけでもあった……。
 雑誌に連載されたきり2001年まで単行本化されなかった、いわば幻の作品だったもの。文庫化を機会に読んでみました。長編忍法帖でも、ここまで長い間封印されていた作品も他に無く、よほど出来が悪いのか、と思っていたら……普通に面白いじゃないの!確かにちょっと間延びしてる感はあるものの、少なくとも『忍法剣士伝』とかよりはずっと出来が良いと思う。
 と、なると問題は……やっぱり「三種の神器」だったんだろうなあ。日本の政体の中心として重要な役割を担い、その存在を巡って戦乱すら引き起こされたのにもかかわらず、目にしたことがあるのは天皇一族のみ。本物なのか模造品なのか偽物なのかも良く分からないという代物。凄く風太郎好みの素材だと思うんだが、政治的に微妙すぎるのも確かであって……。どうもこの作品、当初構想していたプロットを途中で変えたような痕跡がある。冒頭、いわくありげに登場した神器を模した伊賀・柳生の宝物が、途中でフェードアウトしてしまったり。その代わりに、突然「牢の姫君」なる少女が話の中心に来てみたり。自主的なものなのか、外からのものなのかは知らないけれど、色々とプレッシャーがあったんだろうなあ。もしそうなら、作者にも忸怩たるものがあったろうし、それが長期間封印されていた理由でもあるんだろう。だとしたら、この作品の雪辱戦と言えるのが、風太郎による一連の「室町もの」なのかもしれない。終盤の足利義満の姿からは『婆沙羅』も連想させられるが、一番近いのは『柳生十兵衛死す』だろう。年代、登場人物が被ってるし、義満による皇統簒奪という、ある意味神器以上にクリティカルな素材を扱っている作品でもある。
 ま、そういう事情関係無しに、普通に忍法帖として面白い作品です。愛し合う男女が殺しあう悲劇。でもそれが、いちいちギャグの様なシチュエーションにまぶしてあるのが風太郎流。あと、後半に出てくる牢の姫君のキャラクターが強烈過ぎる。わずか15歳、ちまっとした外観で汚れを知らない姫様なのに、声だけは年増の色気を醸し出してて、ちらと顔を見せただけで男どもを手玉に取る。しかも超強力剣法(はっきり言って、殆どスタンド能力!)の使い手だという……。

忍法創世記 (小学館文庫)

忍法創世記 (小学館文庫)