『一神教の誕生―ユダヤ教からキリスト教へ』加藤隆

 もともとは単なる有象無象の民族神の一つに過ぎなかったはずのイスラエル部族の神が、いかにして唯一絶対神たるヤーヴェへと変貌を遂げていったか、その歴史的経緯を判りやすく解説した新書。
 ユダヤキリスト教の唯一絶対神という概念の誕生にあたっては、エジプトの太陽神などからの影響が示唆されているが、本書ではあえてその手の話題はトピックとして取り上げていない。あくまでも聖書の記述とユダヤ人の歴史的状況から説明しようと試みている点でユニークだと思う。地政的な条件と数々の歴史的偶然が、この(良かれ悪しかれ)人類の歴史に巨大な影響を及ぼした思想を生み出したのだ。ジャレド・ダイアモンド『銃・病原菌・鉄』を読んだ後なら、更に興味深く読めると思う。
 もともと民族神はその民族の趨勢と運命を共にしていた。ある民族が没落すれば、彼らが信じていた神もまた滅びるのである。しかし、ユダヤの特殊な政治状況―家督争いから、同一民族二国家になってしまった―が状況を変える。片方の国の「失敗」とそれに対する神の沈黙が、新たな神の概念を生み出した。
 そして「人間イエス」が「神の子イエス」へと変貌していく過程も著者は解説する。当時のユダヤ人の置かれた特殊な状況が、イエスの教えを述べ伝えるにあたって、その神格化を必要としたのだという。ここから著者は現在のキリスト教会への批判、万人を救う教えを述べ伝えるための手段だったはずの教会が、人々を選別する装置へと変質したことへの批判を展開していて面白い。ただ、現実に教会という制度が無かったら、イエスの教えと言うミームが生き残ったかどうかは疑問だが。
 タイトルの「一神教の誕生」を期待して読むと肩透かしを食らうかもしれないが、副題のとおり、ユダヤ教の発展とそこからキリスト教が生まれるダイナミクスを知りたいと思うなら、とても興味深い本だと思う。

一神教の誕生-ユダヤ教からキリスト教へ (講談社現代新書)

一神教の誕生-ユダヤ教からキリスト教へ (講談社現代新書)