『時間の分子生物学』粂和彦

 体内時計と睡眠の仕組みについて、分子生物学の観点から解説した本。
 著者は分子生物学の研究者であると同時に、内科医として不眠症の患者などの治療も行っている人。そのためか、一見とっつきにくそうなテーマであるにも関わらず、臨床での実例なども交えて、とても平易かつ判り易く説明してあるのに好感が持てた。しかも「ハエにも不眠症がある」「眠りを断つと死んでしまうのか」「心地よく眠る方法」など、誰でも興味を持てる面白いトピックを交えて論を進めてるので、これなら生物の専門教育を受けていない人でも楽しく読めるんじゃないかと思う。
 で、体内時計の仕組みであるが、要するに特殊なタンパク質が細胞中で増減しており、これが概日周期を作り出すと言うことである。タンパクの量はネガティブ・フィードバックにより制御されている。環境温度などの違いにより(酵素活性が変化するので)周期が狂うんじゃないかとも思うが、光を浴びることなどにより上手く「時計あわせ」がされる。
 また、最後のほうには覚醒に関わるペプチド・ホルモン、オレキシンに関するトピックもあり、これが結構面白い。

これまで、睡眠-覚醒の研究では、眠気を作り出す睡眠物質が常に注目されてきたのですが、オレキシンの登場により、実は睡眠物質が増えることが重要なのではなく、覚醒物質が少なくなることが、睡眠のためには重要だと言う可能性が出てきました。
(p195)

 オレキシンを抑える作用を研究することで、神経を麻痺させる従来の睡眠薬よりも安全な、理想的睡眠導入剤が出来るのかもしれない、とのこと。実は自分、不眠症気味なので、これは結構朗報だった。早く実用化されないかなあ。
 とても面白かっただけに、平易すぎて少し物足りないところもあったかな。個人的には、概日性リズムだけでなく、もっと短い周期の生物時計の仕組みも知りたいと思った。例えば音楽などの「リズム感」を生み出すもとになるもの、とか。

時間の分子生物学 (講談社現代新書)

時間の分子生物学 (講談社現代新書)