『ロシア・アニメ−アヴァンギャルドからノルシュテインまで』井上徹

 マイナーな叢書だが、ユーラシア・ブックレットという、主にロシアに関する事柄だけを扱う小冊子のシリーズがある。これはその一冊。ちなみに自分の住んでいる港町にはロシアの船も良く入ってくるためか、小さい書店なのにも関わらずこのシリーズが常備してあったりする。
 ノルシュテインやアレキサンドル・ペトロフなど、独特の作品を生み出したロシア・アニメの、多分日本で唯一の通史。本物の昆虫と見まがうモデル・アニメを作ったスタレーヴィチをパイオニアとして、ロシア・アニメは始まった。スタレーヴィチの亡命によりロシア・アニメの歴史は一旦途切れるが、革命の情熱の残り火の下、ロシア・アヴァンギャルド芸術の流れを汲むツェハノフスキー作品(「郵便」というアニメは、一枚しか写真が載ってないが、まるでコンピュータ・グラフィックのような雰囲気で印象的だ)など前衛的なアニメが作られていく。しかし皮肉な事に、ディズニー・アニメ(ミッキー・マウスとシリー・シンフォニー)の登場によって、ロシアのアニメは方向転換を余儀なくされるのだった。

 そこでは、「アニメはウォルト・ディズニーののように、楽しく心奪われるほど陽気でなければならない」という意見が大勢を占め、「我々自身のソビエトミッキー・マウスを創り出そう」というスローガンさえ提案された。(中略)こうした状況のなか、アニメにおいても、大衆受けしてスターリンも大好きで、しかもアニメーター自身も衝撃を受けたディズニー作品が、目指すべき目標とされた。
(p27-28)

 戦後になっても『白雪姫』がロシア民話を題材にした『イワンのこうま』『雪の女王』製作のモチベーションとなったり、ディズニーの影響は共産圏でも強かったんだな、と実感させられる。やがて雪解けの時代とともに人形アニメーションが復活。UPAの影響か、グラフィック調のデザインのリミテッド・アニメーションも作られるようになる。
 なにぶんにも64頁しかない小冊子なので、作家それぞれの紹介はごく簡潔で、少し物足りない気もしないではない。ただ、共産圏のアニメについて「国の予算を使って、西側では出来ないような個性的なアニメーションを作りつづけた」「体制批判のメッセージを作中に込め、権力の弾圧を受けた」という程度の知識しか持たない自分のようなものにとっては、この国のアニメーションのたどった歴史を知るだけでも興味深い。