「サンセット・ヒート」ジョー・R・ランズデール

サンセット・ヒート (ハヤカワ・ノヴェルズ)
 1930年代、テキサスの田舎町で、一人の女―燃えるような赤毛からサンセットと呼ばれる女―が夫を射殺した。度重なる暴力に耐えかねての事であり、彼女は正当防衛を認められ、夫の後を継いで治安官に就任する。そして、ある黒人の地所から、甕に詰められた胎児と、腹を切り裂かれた女性の死体が発見される。町民達の冷たい目の中、事件の捜査を行うサンセットは、どす黒い陰謀に巻き込まれていくのだった。
 と、いう訳でランズデールの新作は、原書も今年出版されたばかり、というスピード邦訳。「ダークライン」「テキサスの懲りない面々」もそうだったし、日本でのランズデール人気も定着したということなんだろうか。それにしてはハップ&レナードシリーズの第一作“Savage Season”とか「モンスター・ドライブイン」の続編シリーズとか、一向に訳される気配が無いのが歯がゆいが。
 あらすじだけを読むと女性主人公の警察小説とも見えるが、そこはランズデール、得意のサザン・ゴシックのテイストの方がはるかに強い。とにかく登場人物の殆どが気味の悪い連中で、冒頭で射殺されるDV男のピートなどは、頁を繰るにつれ可愛く見えてくるほどだ。冴えない中年男のクライドとか、強がりばかりの少年グースなんかが出てくると、読んでてほっとするが、それ以外の登場人物は、いわゆる「善」の側の者まで含め、皆腹に一物を抱えてそうな連中ばかり。この辺、「登場人物に感情移入できない」と嫌う人もいそうで、好みの別れるところだろう。俺はこういうの、大好物だけど。
 ただ、主人公のサンセットに魅力を見出すことが出来なかったのは残念。同著者の「アイスマン」やエルロイの小説の様に、いっそ主人公も悪人にしてしまった方がすっきりするのに、と思った。特にそれまで暴力夫の横暴にひたすら耐えるだけだった女が、夫を射殺して治安官になるや、殆ど逡巡さえ見せないで、劇場占拠事件を鮮やかに収拾させてしまうところなんか、ちょっと納得いかない。平凡な主婦が「ヒーロー」に変貌する瞬間は、もっと丁寧に書いて欲しいのだ。他ならぬランズデールなのだから*1。(その割りに女垂らしにコロッと騙されてしまうところなんかはランズデールらしい「外した」人物像であるとは思うのだが…)
 渦巻くイナゴの大群の中、物語は神話的と言って良いクライマックスを迎える(ここで、映画「エクソシスト2」を思い浮かべたのは自分だけだろうか)。しかしその後、意外な「悪」―それまで物語を席巻してきた怪物的な悪では無く、日常的で「つまらない」悪―の存在が発覚して、物語は終わる。この作品はランズデールとしてはあまり出来の良く無い方だと思うが、善悪の、そして神話世界と現実世界の境界が溶け合う様なこのラストシーンからは、他の作品に無い不気味な余韻を感じさせる。

*1:ランズデールは多くのコミックのライターを務めた他、「バットマン」「スーパーマン」のアニメーションシリーズ(ワーナー版)の脚本も手がけている。また、彼の多くの小説作品も「ヒーロー」にに関する物語であると言え、このテーマに関する著者の並々ならぬ思い入れが感じられる。