『香水』パトリック・ジュースキント

18世紀のパリ。孤児のグルヌイユは生まれながらに図抜けた嗅覚を与えられていた。真の闇夜でさえ匂いで自在に歩める。異才はやがて香水調合師としてパリ中を陶然とさせる。さらなる芳香を求めた男は、ある日、処女の体臭に我を忘れる。この匂いをわがものに…欲望のほむらが燃えあがる。稀代の“匂いの魔術師”をめぐる大奇譚。

 事前に想像していたよりも、あっさりとした読後感だったのは、ちょっと意外。これは文字通り綺麗さっぱり消えてなくなってしまう、という見事なオチの付けかた故なのかなあ。長篇と言うよりは、中篇小説の読後感に近いのかも知れない。こういう「後に引かない」ところもまた、本書をベストセラーにした要因の一つなんだろうな、と思う。
 もちろん思ったよりもあっさりしていたからと言って、つまらなかった訳では無いので、誤解無きよう。汚わいから香水まで、ありとあらゆる臭いに満ちた、18世紀のフランスを、この目で見たかのように……いや、この鼻でかいだかのように再現してみせる、巧みな描写が実に圧巻。思えば、人間の五感で記憶ともっとも密接に結びついているのは、臭覚なのだ。当時の香水業者の仕事ぶりも詳細に描写してあって、実に興味深い。
 父無し子としての誕生。修行。隠遁。遍歴。そしてクライマックスの「奇跡」に至るまで、イエス・キリストのそれをなぞったかのような、グルヌイユの一生が面白い。そのピカレスクな冒険を描く語り口は、ブラックだけれども軽妙で、読み出したら止まらない魅力を持っている。

ある人殺しの物語 香水 (文春文庫)

ある人殺しの物語 香水 (文春文庫)

 (はてな年間100冊読書クラブ 27/100)