『アムステルダム』イアン・マキューアン

 恋多き女性、モリーが若年性痴呆症で亡くなり、告別式にかつての愛人たちが集まった。高名な作曲家クライヴと、新聞の編集長ヴァーノン。ともにモリーの愛人でありながら固い友情で結ばれた二人は、彼女の無残な死を機に、ある奇妙な契約を交わす。が、遺品から見つかったスキャンダラスな写真が、彼らの運命を思いもよらぬ方向へ導くことに……。
 英作家によるブッカー賞受賞作。 帯には「現代のモラルを滅多打ち!」と勇ましい惹句が踊っているが、そんなどぎつい読後感の小説では無い(モラルが主要テーマであることに間違いは無いが)。平易で読み易く、上品な言い回しの美しい文章が心地よい。こんな気持ちの良い文章を読むのも久しぶりで、良く味わいながら読了しました。
 クライヴとヴァーノン、どちらも適度に俗物で、適度に品が良く、適度に稚気を有してて、適度に善人。要するに普通の人たちなんだが、それがちょっとした悪意と怠惰、それにモラル感の食い違いから破滅の道をひた走ることになる様は、どこか奇妙な爽快感がある。最後に残るは、俗物一人。この結末に、世の中こういうものだ、という諦念とはまた別の、不思議な安堵感を覚えたのは自分だけだろうか。

アムステルダム (新潮文庫)

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