「パヴァーヌ」キース・ロバーツ

パヴァーヌ

パヴァーヌ

 歴史改変SFの傑作。イギリスが無敵艦隊に破れ、宗教改革が頓挫してから数百年。ローマ・カトリックの権勢はヨーロッパの隅々まで及び、テクノロジーの発達は阻害されていた。物語の舞台は、蒸気機関車が路面を走り、腕木信号機が情報を伝える20世紀イギリス。酒場の娘に恋をして、自らの蒸気機関車にその名前を付けた青年。腕木信号手に憧れ、その世界に飛び込むことになる少年。異端審問を目にしてしまった純朴な修道士。沖合いを走る船に想いを馳せる漁村の娘。やがて人々の自由への想いは世代を越え、堅牢なカトリックの支配体制に楔を打ち込むことになる…。
 読むのに時間が掛かった。読み難かったという訳じゃ無い。この作品の肝は詳細な情景描写にあり、細かな所まで読み逃さないようにするには、必然的にゆっくり読まざるを得ないからだ。そのおかげもあって、この魅惑的な世界にどっぷり浸ることが出来た。実際、解説にもあるように、この小説の舞台には「天空の城ラピュタ」や「名探偵ホームズ」など宮崎駿の作り出した、架空の19世紀世界と共通する魅力がある。
 ただ、自分としてはこの作品の結末には疑問が残る。(以後ネタばれがあるので、未読の方は読まないで下さい)

 この小説のラストで、実はこの世界は高度科学文明が戦争によって滅んだ後、再建された世界であることが明らかになる。カトリック教会の真の目的は「人類が、発達したテクノロジーを扱うために、真に相応しい社会に成るまで、テクノロジーを抑制する」ということだったのだ。
 ここが納得のいかないところで、要するにパヴァーヌの世界が我々の世界より「うまくやっていける」様にはとても見えないのだ。結局、文化や社会の発達と、テクノロジーの発達は相補的な関係にあるんだと思うし、テクノロジーと切り離して、モラルや社会制度だけ発達するというのは考えにくいんじゃないだろうか。「衣食足りて礼節を知る」では無いが、現在の先進国で、概して命を大切にする様な文化が発達しているのは、ペニシリンや人工肥料等の発明で「命が安くなくなった」事と無関係で無いはずだと思う。

 個人的には、市井の人々の何でも無い人生の断片を描いた、第1・第2楽章が最も良かった。特に第2楽章のラストシーンの美しさは心に残る。ちなみに、パヴァーヌとはゆったりした舞踏曲の一種で、その由来はイタリアにあるとの事。ローマに支配された世界を描く小説として相応しい名前だろう。