『風来忍法帖』山田風太郎

時は天正18年。豊臣秀吉麾下(きか)2万余の軍勢に対し、わずか数百人の手勢を率い北条方の小城・忍(おし)城を守る美貌の麻也姫。姫を陰に陽に護るのは、忍びの者として天下に鳴る風摩組。中に割って入る戦場荒らしの7人の香具師(やし)は、麻也姫の貞操を狙う。香具師VS.風摩忍法、武州の地で機知と詐術を巡らす縦横の戦い!
Amazon商品説明より)

 山田風太郎忍法帖長編。現在入手容易なのは講談社文庫版だけれども、今回読んだのは以前講談社ノベルスから出ていた「山田風太郎傑作忍法帖」版。
 実は「風来忍法帖」は途中までとはいえ、自分が始めて読んだ風太郎作品。中高生の頃、親戚の書架にあり(講談社ロマンブックス版だったと思う)親の用事で来た所在無さから、ぱらぱらとめくってみた。正直、女を襲っては売り飛ばす主人公には嫌悪感を感じたが、話自体は面白いので、秀吉の旗印を盗みに行くあたりまでを読んだ記憶がある。
 それから20年、初めて通読したわけだけれども、これは面白い!ファンによる評価も高いわけだ。これが何故本人評価「B」*1なのか理解に苦しむなあ。香具師たちが姫の警護に付くまでの前段がゆったりしすぎていて、風魔3人組との戦いを描くメイン・プロットと尺の釣り合いが取れない、とか構成上の欠点はあるかも知れないんだけれども、個人的には月影抄とかくノ一よりはずっと面白いと思う……って、前も同じようなこと書いてたな。
 主人公は、戦国の世を逞しく生きる七人の香具師たち。「逞しく生きる」と言えば聞こえは良いが、要するに窃盗、詐欺、誘拐、婦女暴行、人身売買なんでもありのチンピラ集団な訳で。特にリーダー格の悪源太は、交合した女性を「雌犬」の如き色情狂に変えてしまう、という凶悪な特技の持ち主。
 そんな連中が、ひょんな事から知り合ったのが、気位高く勇敢で、可憐で純情無垢なお姫様、麻也姫。この絶世の美少女を「雌犬」に変えて売り飛ばしてやろうと、なんとか彼女に接近しようとする香具師たちだったが……。この麻也姫、薙刀片手に敵を一喝したと思ったら、大好きなお祖父様の胸に飛び込んで泣きじゃくったりと、まるで初期宮崎アニメのヒロインのようなキャラクターが可愛らしい。実際、可憐で高潔なヒロインに対して、彼女に懸想しながらも手を出せない(しばし粗野で)純情な男、という組み合わせなんかは、両者お気に入りのシチュエーションではあるよなあ(もっとも風太郎の場合、時としてヒロインが酷い目にあったり、とんでもない正体を表したりするので、油断ならないが)。ちなみに漫画家の細野不二彦も昔、アニメ雑誌のインタビューで「宮崎駿山田風太郎忍法帖をアニメ化して欲しい」なんて言ってたりする。
 この長編でも、野卑な香具師たちは結局麻也姫に手を出せず、それどころか彼女を守るため、勝ち目の無い戦いに身を投じる羽目になってしまう。敵は城を包囲する大軍勢+風魔忍者3人組。特に風魔忍者は「髪の毛で肉体をスパスパ切断する」「手足や首を切られても死なない」「他人の姿をコピーする」「触った場所を鏡に変える」と、いずれも劣らぬ超絶忍法の使い手。それに対する守り手が、只のチンピラ香具師という実力差、これをいかに覆すかが、ストーリーのミソ。
 麻也姫の高潔さや、彼女を守る市井の女たちの懸命さを目にするうち、いつしか義侠心に目覚める香具師たち。たいした力も持たない彼らが、女たちを守るため、勇気を振り絞って戦い、命を落とす場面には泣ける。最初は行動のえげつなさに、嫌悪感しか感じない連中だったんだけどなあ。ラストシーンの「トーン、トーン、とんがらし」には、ただただ涙。
 もっとも、彼らが変る大元のきっかけが「麻也姫に顔を踏みつけられた」というのが面白い。要するに、今まで散々他人を踏みつけてきた者たちが、被虐趣味に目覚めたことで善人となるわけね……という訳で、聖性と官能性が渾然一体となった(キリシタンものなどにも通じる)実に山田風太郎らしい描写だと思う。特に最後、悪源太が麻也姫の従僕として一緒に旅をする未来を夢想する場面は、子供のような純情さとマゾヒスティックな情念、死に行く者への哀感がない交ぜとなっていて、うっとりするほど甘く、魅惑的なシーン。素晴らしいです。

風来忍法帖 山田風太郎忍法帖(11) (講談社文庫)

風来忍法帖 山田風太郎忍法帖(11) (講談社文庫)

 さて、これで残る未読の長編忍法帖は『飛騨忍法帖』『忍法相伝'73』『魔天忍法帖』『秘戯書争奪』『忍者黒白草紙』『忍法双頭の鷲』の6冊。うち『魔天』『黒白』は入手ずみなので、あと容易に手に入れられるのは『飛騨忍法帖』だけ、ということになるのかな。

*1:日本版GQ誌の山田風太郎特集号における、作者本人によるABCランキング。因みに最下位は驚きの「P」評価『忍法相伝'73』。